2012年1月18日水曜日

映画 『灰とダイヤモンド』 スピリッツに火を灯し、赤く染まるシーツを灰に



※ネタバレ注意

『灰とダイヤモンド』/1958/監督:アンジェイ・ワイダ/波/モノクロ/2012.1.18記

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男が詠む。「永遠の勝利の暁に、灰の底深く燦然たるダイヤモンドの残らんことを」
女が問う。「……私たちは何?」
男が返す。「君か?……君はダイヤモンドさ」


 ナチス占領下のポーランドにあって、国軍はワルシャワ蜂起を持って統治者ドイツと対峙する。だが、ソ連の働きかけにより勃発したポーランドの反抗行為は失敗に終わる。やがてソ連がナチスを打破し、ポーランドを解放した。だが、今度はソ連が思想と武力によってポーランドを支配しようとしている。ワルシャワ蜂起に参加した若者たちは自主独立を訴えて武力に頼る。戦争は終わった。しかし、彼らは戦いをやめられなかった。


 物語の主軸になるのはマチェクという男。主人公という言い方をしないのは、当時のポーランド政府がソ連型共産主義下にあるという事が理由である。彼はかつてワルシャワ蜂起に参加し、今は反共ゲリラの暗殺者なのだから。
 マチェクは共産党幹部を暗殺することを命じられる。自主独立の弊害となるソ連の手先を。標的はかつての同志シチュウカであった。マチェクは、こんな人生を終わりにしたかった。


 この映画には印象的な場面がいくつかあり、どれもが非常にクールであり、そしてせつない。


 マチェクらは共産党幹部の暗殺を実行する。チャペルに縋りつくように息絶える対象の男。しかし彼はマチェクらの標的とは別人だった。誤認し、関係のない人間を殺してしまったのだ。


 理想に燃えた時代を経て、流されるままに殺しを続けてきたその場主義のマチェク。誤認殺人した夜。宴会の行われるホテルに泊まった標的を殺すことを命じられているが、その心には迷いがある。浮かれ騒ぐ客たちを尻目に、かつて死んだ仲間たちと同じ数のスピリッツに火を灯し、相棒と杯を交わす





 迷うマチェクはひとりの女と出会う。彼は彼女との一夜の関係で、暗殺業とおさらばし、彼女とまっとうな人生を生きることを誓う。その場主義で女好きなマチェクらしい心境の変化ともいえる。一方で、泥沼にはまっている自分を自覚していた彼が、こんな人生から抜け出す唯一の機会、光明だと感じたのかもしれない。折しも打ち捨てられた廃墟の教会で彼は誓ったのだ。しかしその運命は暗雲が立ち込めることが定められていた。そこは、逆さまに吊るされた十字架が張付けられた、誤殺した男の死体を隠すために選んだ場所なのだから


 夜明け前。標的となる共産党幹部に、生き別れた息子が見つかり、そして反政府主義者として逮捕されたことが知らされる。共産党幹部はパーティを抜け出し、息子に会いに向かう。マチェクは彼女と翌朝ふたりで街を出ることを誓い、この仕事を最後にすると決めていた。一人で外出した標的を追い、そして銃声が鳴る。標的は、よろよろとマチェクの元へ歩み寄る。そして、マチェクを抱きしめるようにして息絶える。思わず抱きかかえるマチェク。夜明け前の空に、無数の花火が打ち上げられる。天を仰ぐマチェク。標的にとってマチェクは、自分を殺しに来た息子にでも見えたのだろうか。抱きしめ返したマチェクは何を思ったのだろうか。震えるマチェクは、その場から逃げ出す。雨上がりの水面に映る、ポーランド解放を記念する花火が鳴り響いていた


 早朝。保安隊に見つかり、追われるマチェク。再び鳴り響く銃声。もがくようにして逃げ込んだ一面に干された純白のシーツの森は、赤く染まった。ひとり駅で待つ女。よろよろと倒れこむマチェク。そこは郊外の灰積もるゴミ捨て場だった。鳥の群れが飛び去る。現れない男。女はひとり、列車に乗り込んだ。





 アメリカンニューシネマに遡ること20年。ファシズムへの勝利に酔う、未だ西側とも、東側とも、焦点の定まらない未来に揺れ惑う、混沌としたポーランドの一夜。



男が詠む。「永遠の勝利の暁に、灰の底深く燦然たるダイヤモンドの残らんことを」
女が問う。「……私たちは何?」
男が返す。「君か?……君はダイヤモンドさ」


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記:ヒロト

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